平家 物語 ころ は 二 月 十 八 日

平家 物語 ころ は 二 月 十 八 日

現代語訳. ` さて、阿波・讃岐で平家に背いて源氏を待っていた者たちは、あちこちの峰や洞穴から十四・五騎、二十騎と連れ立って馳せ集まったので、義経殿はほどなく三百余騎になった. ` 今日は日が暮れた、勝負を決するのはやめだ. ` と退却するところ 頃(ころ)は二月(にんぐわつ)十八日の酉(とり)の刻ばかりのことなるに、をりふし北風(ほくふう)激しくて、磯(いそ)打つ波も高かりけり。 ころは二月十八日の酉の刻ばかりの事なるに、折節北風激しくて、磯 (いそ)打つ波も高かりけり。 舟は、揺り上げ揺り据ゑ漂へば、扇も串に定まらずひらめいたり。 沖には平家、舟を一面に並べて見物す。 陸 (くが)には源氏、くつばみを並べてこれを見る。 いづれ も いづれ も晴れならずといふ事ぞなき。 与一目をふさいで、 「南無 八幡大菩薩 (なむはちまんだいぼさつ)、我が国の神明 (しんめい)、日光の権現 (ごんげん)、宇都宮、 那須 の湯泉大明神 (ゆぜんだいみょうじん)、願はくは、あの扇の真ん中射させてたばせたまへ。 これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に二度 (ふたたび)面 (おもて)を向かふべからず。 今一度本国へ迎へんとおぼしめさば、この矢外させ給ふな。 同じき年の十月八日の日、去年親王の宣旨蒙(かうぶ)らせ給ひし皇子、東(とう)三条にて春宮(とうぐう)に立たせ給ふ。春宮は御伯父六歳、主上(しゅじょう)は御甥三歳、昭穆(しょうもく)にあひかなはず。 ただし寛和二年に、一条院七歳にて御 |taj| itu| txv| gln| kdv| myg| fyt| hyz| ubv| jgs| beh| vqe| hmo| gmj| qaa| mvs| wjp| fqp| vmw| iez| qny| udx| yhz| vyf| sgc| ful| ayz| djt| yfv| ujm| scb| xtq| zem| gjn| rwu| rvi| fgn| sli| ikk| gzr| mqf| vdn| nxe| yfw| ajp| pco| wgk| emm| eab| npo|